小野寺工業のチャレンジ

幾多の障壁を乗り越えて新事業開発に取り組む、メンバーとコンサルタントが織りなすドラマです

よくできたディスカッションマテリアルは、発散しがちな「I(アイ)型人間」たちの議論を効果的で効率的なものに変える

小野寺工業は、ハードウェア本部、ソフトウェア本部、サービスビジネス本部という3つの本部で成り立っていた。

笠間の依頼で、各本部から2名ずつのOBF(Our bright future:小野寺工業のチャレンジを担う変革チーム)メンバーが選出されていた。浦田がコンサルタントとして関わるずっと前の話だ。彼らは本業を持ちながら、兼務でOBFに参加していた。このころから、笠間たち3名はOBFコアチーム、各本部からの6名を加えたメンバーをOBFチームと呼ぶようになった。

 

この活動は、体制面や権限移譲の面で課題を抱えており、すぐに頓挫した。浦田が参加したのはちょうどそのタイミングで、新生OBFチームのキックオフミーティングが予定されていた。

浦田はあまり気乗りしなかったが、参加して様子を見ることにした。コアチームの活動方針も生煮えのこの時期に、OBFチームを一堂に集めて議論するのは得策ではないという思いが浦田にはあった。過去に何度となく経験した苦い思い出がよみがえった。

 

各本部から選出されたメンバーはそれぞれに経験豊富で個性的ではあったが、彼らの発言は自分の業務範疇に限られており、実務の領域に集中していた。

 

「笠間たちにも言えることだが、小野寺工業はI型人材の集まりだな」と浦田は思った。

I型人材とは、物事を1つの専門分野からしか見ることのできない人材のことだ。専門分野を探求することは得意だが、全体観やバランス感覚に欠けており、分野横断的な発想は期待できない。

 

このミーティングの翌日、浦田はOBFコアメンバーを招集し、不用意な議論の危険性を解いた。時として、議論は参加者のモチベーションを高め、組織を引っ張る原動力を生み出す。ところが不用意に開催した議論は、参加者の気持ちをむしろネガティブに導く。

 

例えば、こんなことがあった。

 

それは、特別招集された戦略商品の企画会議だった。参加者は全員が幹部クラスで事業部の責任者でもあり、開発経験のある叩き上げだった。議長は計画部門の課長で、趣旨説明もほどほどに参加者に議論を委ねた。参加者たちは、事業部で進めている次世代技術の開発状況や業界紙やインターネットで読みかじった海外動向などを口々に話し始めた。断片的で、それぞれの発言にはつながりが薄く、まとまる気配はまったくなかった。それはもはや議論ではなく、井戸端会議の様相を呈していた。テーマさえ分からなくなったその様子はブレーストーミングとも違っていた。

 

浦田は「戦略商品企画会議の第1回目なのですから、先ずは戦略商品とはどのようなものなのか、どんなイメージなのかを皆さんで共有することから始めてみてはいかがでしょうか」と口を挟んだ。

会場は静まり返ったが、ひとりの事業部長が「では、何を議論すればいいのか教えてくれないか」と浦田を睨んだ。

結局、浦田は参加者のベクトルを合わせることができず、会議は散会した。会議のための下準備をしていなかった浦田には、彼らを納得させるだけの材料はなかった。

 

浦田はコアメンバーを前に、議論を活性化させるためには参加者を土俵に上げる(共通認識や共通の価値観、共通のゴールなどを形成する)ことが重要だと述べた後、ディスカッションマテリアルを効果的なツールとして挙げた。

ディスカッションマテリアルとは議論を盛り上げるために事前に準備する資料のことである。参加者の価値観が多様な場合、議論は往々にして予期せぬ方向に進みがちだが、よくできたディスカッションマテリアルにはこれを抑止する効果がある。テーマの全体像が概念的に書かれているのが特徴で、参加者全員がその内容を容易に理解でき、自分の知識や経験に置き換えて考えられるようになっている。それゆえ、参加者はディスカッションマテリアルをきっかけに、同じ土俵で議論できるようになる。

 

浦田は、ディスカッションマテリアルをうまく活用できるようになれば顧客との関係構築でも極めて強力な武器になることを、コアメンバーたちに伝えた。笠間は、提案書とディスカッションマテリアルの違いに納得し、新しい概念に興奮した。

 

この後、ディスカッションマテリアルの考え方は、OBFチーム内の議論はもとより顧客開拓をはじめとするあらゆるシーンに浸透し、小野寺工業のチャレンジに大きな役割を果たすこととなった。

 

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[ポイント]

自分の専門分野からしか物事を見ることができない人を「I型人材」と呼ぶが、この対極に位置するのが「T型人材」だ。T型人材は全体像を意識しつつ専門分野で力を発揮できる。これからの企業はT型人材を育てなければならない。

ところが、座学を通じてT型人材を育成するには限界がある。I型人材が中心の組織では、議論は必要以上に細かなところに時間が割かれ、部分最適に陥ってしまう。時間をかけたわりには結論がイケていないという事態も頷ける。

そこで大切なのがワイガヤの議論であり、ワイガヤの起点となるディスカッションマテリアルである。

I型人材の集まった議論を効果的にファシリテーションするには、できのいいディスカッションマテリアルが欠かせない。ディスカッションマテリアルは「T型人材」のTの横棒に当たる部分を担うことになる。

議論を目的志向で効果的かつ効率的に進めるためには、ディスカッションマテリアルとして全体像を提供し、適切なファシリテーションの下で共通認識を形成する必要がある。全体像を拠り所にすれば、議論が発散することも、迷路に迷い込むこともない。

ディスカッションマテリアルは完璧である必要はない。むしろ、各分野の専門家が話を盛ることで徐々に完成に近づけるような、議論の余地があるものの方が望ましい。専門知識を抜きに理解できるくらいがちょうどいい。

 

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[場当たり的な後藤部長の思考]

問題解決には、各分野の専門家が集まって議論するのが一番だ。周囲の人たちは難しいことを言わないで、専門家たちに任せればいい。それぞれの専門領域からアイディアを出し合えば、最高の解決策を得られるに違いない。最終的には、周囲の人間が、彼らの議論からエッセンスを抜き出してまとめればいい、それだけだ。専門分野の違いから議論が噛み合わないこともあるだろうが、それは些細なことだ。

 

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[本質に向き合う吉田部長の思考]

専門家が集まって議論したところで、専門分野の違いが壁となり、お互いの主張が噛み合わないことはよくある。そうなると議論は発散し、堂々巡りするだけだ。専門家は自分の世界観の中でしか意見を述べないので、議論は全体観に欠けてしまう。メンバーはお互いの主張を理解できず、納得感もない。

そんな状況のもとで無理やりに結論を出したところで、実行段階に問題が出る。声の大きな人に引っ張られての結論なら、メンバーの多くはその結論に従わず、自分のやり方でやり始めるに違いない。最終的に空中分解してしまうことになるだろう。

そうならないためには、まずは全員で全体像を議論し、イメージを共有することから始めなければならない。そのためには、議論の土台となる資料(=ディスカッションマテリアル)が必要だ。

 

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