小野寺工業のチャレンジ

幾多の障壁を乗り越えて新事業開発に取り組む、メンバーとコンサルタントが織りなすドラマです

目標はトップダウンで決めるものであり、それを達成するための手段は、達成の見込みが立つまでボトムアップで積み上げる

浦田と笠間が連れ立って飲みに行くのは、これが3度目だった。1度目は、浦田が変革活動に参加して間がないころ、2度目は組織改革の方針を社長が承認したとき、そして今回が3度目だった。

 

「今回のような目標設定のやり方は当社では初めてです。現場に落とし込んだときには相当な反発が予想されます。特に、スロースタートを主張していた海外営業部の反発は相当なものでしょう」

 

笠間は声を潜めてそう言った。

 

新体制では、数名の体制でまわしてきた海外営業部はテコ入れさ、それなりに規模になることが決まっていた。それゆえ彼らの発言力は強まってはいたが、営業本位に偏った彼らの声は、オファリングベースで事業計画を作成する過程で徐々にかき消されていくだろう。

笠間たちはソリューションの販売計画を練り上げつつ、これまでの経営企画室に代わって初年度の販売目標を作成することになる。この結果を受け、各事業部の目標は半ば自動的に決まる。海外営業部も例外ではない。

 

以前のボトムアップ方式であったなら、現場の「この程度ならできるだろう」という思惑に流され、目標数字は低い値に落ち着いていただろう。

海外営業部は、自分たちの思惑よりも大きな数字を背負うことになる。

 

ボトムアップトップダウンに変えるのは容易なことではない。

笠間がこれを決めた経緯は以下のようだった。

 

「よし、本部長たちを集めて初年度の目標を決めよう」

「本部長に通達を出して、本部としての議論を始めるように指示しよう」

 

そう言って立ち上がろうとする笠間を浦田が引き留めた。

 

「笠間さん、ボトムアップはやめた方がいいですよ。すり合わせはいまだに日本企業の競争力の源泉ですが、これが効果を発揮するのは計画段階ではなく実行段階です。目標設定でこれをやったら、チャレンジングな目標なんて設定できやしませんよ」

 

現場はコンサバティブなので自分たちの都合を優先して目標を設定してしまうのだという趣旨のことを浦田は説明した。

そして「日本企業はこのやり方のせいで次第に競争力を失ってきたのだ」と付け加えた。

 

浦田の声は店に入ってきたころよりも大きな声で話し続けていた。

目標設定に対する浦田の持論はこうだった。

 

目標とは、私たちの「ありたい姿」を実現するための目印のようなもので、株主の期待、競争相手の動向、市場規模の予測、顧客の変化などの外部要因と、いつまでにどれほどの市場シェアや利益を実現したいといったような内部要因によって、トップダウンで決まってくる。

 

酒が程よく体をまわりはじめると、浦田は自分の転職歴を話し始めた。浦田が初めて転職した時代、転職は今ほどの市民権を得てはいなかった。母親が心配して、何度も電話をしてきた。それから何度も転職を繰り返してきたわけだが、コンサルタントになった今では、それが仕事の肥やしとなっていた。

「無駄な過去はない」

これが、酒がまわったときの浦田の口癖だった。

浦田はそのころの話をしては、仕事仲間やお客様との距離を詰めるのだった。

 

浦田:「私が大学を出て務めたのは、笠間さんもご存知のコテコテ日本企業でした。4年足らずでこの会社を辞め、その後の15年間は外資勤めでした」

笠間:「その外資ってエクセルソフトでしたよね」

浦田:「ええ、7年間ほどいました。私の担当していたソフトウェアが日本では不振だったので、7年目には慣れない部署に移らされました。もういい歳だったのに、そこではかなり落ち込みました。気を遣われると余計につらくて…」

 

その後、浦田はエクセルソフトの事業計画について話し始めた。

 

「エクセルソフトでは、1年の前半に本社から外人が来て、日本市場の状況や来年度の見込みを聴きます。日本の幹部たちは、不景気だ、今年の数字を維持するのがやっとだなどと説明します。外人たちは納得顔で帰って行くのですが、半年後にまた来日し、幹部たちに前年比10パーセントアップの目標設定を告げるのです」

 

「ひどい話ですね」と笠間が返し、

「話が違うなんて口に出す人はいませんよ、クビになりたくないですから」と浦田は続けた。

 

そして、沈黙したままの笠間を下から覗き込むようにして、浦田は低い声で言った。

「でも、外人は言うのです。販促費の枠はまだオープンだよって…」

 

エクセルソフトでは、売上目標はトップダウンで決まり、それに沿った目標が日本をはじめとする各国に設定される。

外資企業に現状維持はありえない。どんな事業環境においても10パーセント程度の事業成長が課せられるのが普通だ。

米国本社の経営スタッフたちは「目標達成のための手段をひねり出すのは各国幹部たちの役割だ」と考えていた。

毎度のことだが、彼らは日本の幹部たちに、2か月以内に目標達成に向けた戦略と手段を提案するように伝える。そして、魅力的な提案に対する投資は惜しまないと言い残す。

 

浦田はこの話の最後を「私たちがこれから相手にするのは、そんなグローバル企業です」と締めた。笠間には、この話が妙に腹に落ちた。

 

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[ポイント]

日本企業のボトムアップに対して、海外の企業はトップダウンで高い目標を設定し、この達成を組織的にバックアップする。

「達成が困難に思えるほどの高い目標をなぜ設定できるのか」

「現場のモチベーションは低下しないのか」

「組織的にバックアップするとはどういうことなのか」

こういう疑問が残るかもしれないが、これらの疑問を解決するためのヒントは「目標と手段の関係」にある。

海外企業は、現場から手に入れた情報や意見を鵜呑みにはない。経営スタッフは使える情報を選別し、それらの情報に基づいて、トップダウンで目標を設定する。現場は反発するが、「目標と手段の関係」に潜む工夫が、反発を「やる気」に変える。

 

目標を設定された現場は、達成手段を練る。手段を実行に移すには活動費や販促費などの資金が必要になるが、組織がそれらを負担する。組織的なバックアップとはこのことだ。そして、頑張った分だけの報酬を現場に支払う。日本でも、外資系企業にはよく見られるやり方だ。

日本企業に馴染むか否かは別にして、大変参考になるやり方なのは間違いない。無理な目標を設定しては、その達成を現場に押し付けてしまうことの多い日本企業には耳の痛い話だ。

「目標を達成するための方法は現場で考えろ」

「そのための資金は自分たちで工夫しろ」

これでは、さすがの優秀な現場も疲弊してしまう。

 

ちなみに、トップダウンの目標設定は、外部(=組織を取り巻く事業環境)からの圧力と内部(=社内や投資家)からの圧力の両面で決まる。外部からの圧力には、競合からの圧力、顧客からの圧力、ビジネスパートナーからの圧力、新規参入の圧力、代替品の圧力などがある。内部からの圧力には、市場で目指すポジション、成長への圧力、財務目標、顧客満足度の目標、株主からの要求、株主の投資意欲への影響、他社との比較などがある。

最終的には、事業の全体像を勘案した上で総合的に判断する。

 

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[場当たり的な後藤部長の思考]

幹部たちは現場の状況も理解せずに無理な目標を設定する。そのくせ、目標が達成できないと現場のせいにする。これでは、現場がやる気を失うのも当たり前だ。

目標を達成できないのは現場のせいではなく、そんな幹部たちのせいだ。

経営スタッフは現場の声に耳を傾け、達成可能な目標を設定すべきだ。そうすれば、目標の達成度は格段に上がる。目標を達成するのは現場なのだから。

たとえ目標を達成できなかったとしても、それが精いっぱい頑張った結果であったなら仕方ない。その悔しさは次につながるに違いないからね。

 

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[本質に向き合う吉田部長の思考]

日本企業の現場主義が影響してか、私たちの周りでは「目標は現場と相談しながら決める」というやり方が一般的だ。その一方、日本企業はグローバル化の中で海外企業に苦戦を強いられている。

商品企画力にも問題はあるが、それ以上に問題なのが目標設定のやり方だと思う。現場の意見はいつもコンサバティブだ。できそうにない数字を約束したりはしない。ところが、そうやって決まった目標数字は、グローバルの戦いの中では全く競争力を持たない。

海外企業のやり方がそのまま日本企業に馴染むかは別にして、私たちも彼らと同じようなトップダウンの目標設定を工夫しない限り、グローバルで生き残るのは難しいだろう。

 

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