【 最終回 】[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(5/5)
オファリングモデルの導入は事業運営方法の刷新を意味する。これはまさに組織を上げての大仕事なわけで、ガバナンスに難のある日本企業がこれをトップダウンで実現するのは難しい。つまり、組織の観点と現場の観点、このバランスが成功のカギを握ることになる。
そこで問題になるのが現場の意識だ。
オファリングモデルの導入に限らず、定着のカギは現場の意識にある。
オファリングモデル導入の準備段階、それは現場にとって他人事でしかなかった。ところがオファリングモデルベースの事業運営が開始されると現場は大きな変化に見舞われ、これまでは無関心だったひとりひとりが新たな行動様式の下で重要な役割を担うことになる。
組織は現場の意識を「無関心」から「関心」、「参加意識」を経て「当事者意識」へと向かわせなければならない。特に注目すべきは「参加意識」と「当事者意識」の違いだ。
参加意識の下では、人は口やかましく言われるうちは動くが、それがなくなると動きを止めてしまう。ところが当事者意識の段階にある人は、ひとり取り残されたとしても動きを止めることはない。変革を現場に定着させるには当事者意識の醸成を目指さなければならない。
現場の関心を高めるには情報や知識を与えればいい。ところがこれだけでは参加意識には至らない。参加意識を醸成するにはガバナンスが大事だ。強いリーダーシップで引っ張ればそこに参加意識が生まれ、参加意識の芽生えた現場は指示通り動き始める。ところがこれを続けたところで当事者意識には至らない。
現場を当事者意識に追い込むには都合のいい話だけをしていてもダメだ。それに加えて「危機感」と「腹落ち感」の両方が必要になる。しかし、これを演出するのは並大抵のことではない。
私は35歳を過ぎたあたりで外資系企業に身を置いた。しばらくすると業績は悪化し、米国本社の指導の下に大改革が始まった。社員の多くは日本企業からの転職組だったので、改革には抵抗感があった。
当初、意識改革のために本社サイドが繰り出すチェンジマネジメント(変革を促すために戦略的に仕組まれた手法)に抵抗感が募った。
とはいえ、この改革が業績改善につながることは理解できていたし、それが自分たちの生活向上につながることも知っていた。わだかまりの原因が自分自身にあることは頭ではわかっていたが、それでも苦痛は癒えなかった。
そんな私たちを最終的に改革へと駆り立てたのは、外資系ならではの評価制度だった。
この会社の評価制度は、言わずと知れた業績連動型だった。年俸に占めるインセンティブの比率は高く、目標を達成できなければ生活は厳しくなる。そればかりか、2年連続で目標未達なら自動的にリストラの対象となる。
今思うと、この危機感が私たちを救った。現場のひとりひとりを前向きにさせ、結果的に自分を楽にさせた。
時間の経過は慣れを生み、人を変える。
知らず知らずのうちに私たちは改革と向き合うようになり、小さな工夫やアイディアを生み出すようになった。それが小さな成功体験へとつながり、私たちを勇気づけた。
日本企業は欧米企業に比べて組織的な改革を苦手とするが、原因のひとつはこのあたりの違いにある。
日本企業に勤める日本人の多くは改革の必要性を口にするが、話が具体的になると「今のやり方でうまくいっているので…」と下を向き「そんなやり方は無理だ」と語気を荒げる。
しかし、これだけは知っておいていただきたい。私たちに必要なのは「できない理由」ではなく「やり遂げるためにはどうするか」の議論なのだ。
残念ながら、私の思考力はこのあたりでストップしており、現時点でこの問題の解決には至っていない。
日本企業で改革が定着しない責任をすべて評価制度に押し付けることはできないが、根本原因のひとつが評価制度にあるのは間違いない。しかし、日本企業の評価制度改革は並大抵のことでは進まない。
肉を切らせて評価制度改革に真剣に取り組むか、それとも会社や事業部の解散という憂き目にあって骨を切られるか、私たちは難しい選択を迫られている。
いずれにせよ、変わらなければならないのは現場だが、決断しなければならないのは現場ではなく幹部の皆さんだ。
幹部: 「どういう状況になれば、現場は危機感を感じるのでしょうか?」
私: 「その前に、あなたは嫌われ者になれますか?」
私のこの質問返しに幹部の顔色は曇る。
現場に危機感をもたらすには、現場の当事者意識を高める必要がある。そのためには、評価制度改革のような現場の痛みを伴う改革を断行しなければならない。結局、「現場の味方」ではやっていられないのだ。
変革により、一時的に、現場から笑顔が消えるかもしれない。しかし、それが彼らの当事者意識につながる変革ならば、近い将来、また笑顔を取り戻すこともあるだろう。
しかし、会社や事業部がなくなれば、現場のそれまでの笑顔は一瞬で消え失せ、そのあとは終わりの見えない暗闇が続くだけだ。これまで培ってきたものの多くは価値を失う。
避けては通れない決断の瞬間がそこにはある。
浦 正樹
[補足]
私は今、ガバナンスが効かない大組織の改革に取り組んでいる。さまざまな理由で痛みを伴う決断ができなかった組織を、ボトムアップで変えていこうという取り組みである。目指しているのは「体質改善」であり、「基本行動の定着」がキーワードだ。
この組織では、過去に何度もトップダウンに挑戦し、そのたびに煮え湯を飲まされてきた。そこで今回は、無謀とも思えるボトムアップを選択した。このアプローチをお客様の幹部に決断させたとき、私には確信はなかったが勝算はあった。
私はいま「成功をイメージさせる頼もしい仲間」として現場に入り込み、日夜現場とともに考え、作業している。全神経を研ぎ澄ましながらも笑顔で彼らに接し、洞察力と蓄積してきた知見のすべてを一瞬一瞬に注ぎ込んでいる。変化の種をまき続け、栄養分と水を供給し続けているわけだ。
このアプローチは最初の数カ月で、一部の人々に目を見張る変化をもたらし、私の勝算は確認に変わりつつある。意識改革は、予想を超えるスピードで広がりつつある。
いつか、この成果を皆さんと共有できる日が来るだろう。
その日が楽しみでしかたない。
私のチャレンジ精神は燃え続けている。
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[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(4/5)
l オファリングモデルを支える事業運営の仕組みを整備する
オファリングモデルをうまく導入できたとしても、これを支える事業運営の仕組みが整わないままでは大きな効果は期待できない。導入手順の説明では「⑥ でき上がったすべてのオファリングモデルを重ね合わせて事業をマネジメントする」と説明したが、これは事業運営の仕組みがあってこその話だ。
オファリングモデルの成果を高めるには以下のような仕組みの整備が欠かせない。
a 事業計画の立て方、取りまとめ方
b 事業マネジメント(投資判断や計数管理など)の仕組み
c 営業スタイル、営業部と事業部のフォーメーション
d キャパシティマネジメント、リソースマネジメント
e パートナー戦略
l オファリングモデルの導入で各事業部の立ち位置が変わる
マクロ的な観点から、オファリングモデル導入後の事業運営の変化を確認しておこう。ポイントは各事業部と組織全体の関係性の変化だ。
オファリングモデルは事業部に閉じていても、事業部横断でもいい。これは、オファリングモデルの導入目的や事業の切り方によって異なる。
今回は、説明の都合上、事業部横断的なオファリングモデルを例にとって説明する。
日本企業では、事業運営の実態は事業部が握っている。
例えば、ハードウェア系、ソフトウェア系、サービス系の各事業部が事業計画を作成し、それぞれが自律的に事業を運営、管理している。経営企画部門は全社の事業計画や事業実績を事業部横断で集約し、企業全体を管理している。
ところが最近は、この例のような運営形態は通用しなくなりつつある。顧客志向や価値志向の高まりから商品は複合化が進み、ハードウェア部門、ソフトウェア部門、サービス部門がバラバラに事業運営していたのでは、商品の魅力面や価格面で競争に勝てなくなったからだ。
目指すところは事業部横断的な事業運営なのだが、これがなかなか難しい。事業部ごとに組織文化や価値観が違うし、既得権を放棄させるのにも骨が折れる。これが日本企業の成長を妨げていると言っても過言ではない。
ここまで前置きすれば、もうお気付きだろう。
そうだ、オファリングモデルの概念は、この難題を解決することができる。事業横断的にオファリングモデルを開発すればいいのだ。
事業部横断型のオファリングモデルを導入する場合、各事業部が事業計画を作成するのは計画プロセスの最終段階にあたる。なぜなら、計画プロセスは商材(=オファリングモデル)の括りで事業部横断的に開始されるからだ。
ところが、ここで問題が発生する。事業部ごとバラバラに事業計画を作成してきた企業には、これを統括する部門が存在しないのだ。誰が事業部横断的に計画をまとめ上げればいいのだろうか。
この疑問を解決するには、「それぞれのオファリングモデルのオーナー(責任者)は誰なのか」という質問に答えなければならない。
最も有力な答えは、オファリングモデル単位に結成される推進チーム(オファリングモデル推進チーム)が、それぞれ個別に計画をまとめ上げるというものだ。必然的に、でき上る計画はオファリングモデル単位ということになる。
推進チームは、担当するオファリングモデルとその推進計画(=オファリングモデル計画)を作成する。経営企画部門は、それらをひとつに集約し、全社の事業計画にまとめ上げる。各事業部が事業部単位の事業計画を作成するのはこの後だ。
各事業部は、でき上ったオファリングモデル計画を横断的に捉え、自分たちの役割や責任を果たすための計画を作成する。こうして完成したものが事業部単位の事業計画である。
事業部はオファリングモデル計画の立案にも関わっているので、この段階に計画が骨抜きになることはない。
このあたりの構図を、もう少し詳しく説明しよう。
オファリングモデル推進チームは、オファリングモデル計画に綴ったゴールの達成に責任を持つ。そのためには実行計画が欠かせないわけだが、推進チームのメンバーだけでそれを描けるかといえば、そんなわけではない。
推進チームは実行計画に自分たちの意思を込めるが、実行可能な詳細度でそれを描き出すのは事業部の役割だ。推進チームが作成した実行計画を受取った事業部は、オファリングモデル横断的な議論を経て、それぞれに詳細な実行計画を作成することになる。
事業部単位に事業計画を作成する段には、これらがその中核となる。
ここまで説明してきたように、オファリングモデルの導入前後で事業運営の形態は大きく変化し、これは組織にインパクトを与える。
逆の考え方もできる。
組織が大きな変化を決断しない限り、本格的なオファリングモデルを導入することも、それを活かすために運営形態を変えることもままならない。
私には、この考えの方がしっくりくる。
l オファリングモデル導入後はオファリングモデル推進チームが重要な役割を果たす
重い話をしてきたが、せっかくなので、もう少し具体的な話をしよう。
オファリングモデルを開発し、提案し、受注した後は、プロジェクトを通じてそれを顧客に届けることになる。この流れに沿って、オファリングモデル推進チームと事業部のフォーメーションを説明する。
すべてに渡って中心的な役割を果たすのはオファリングモデル推進チームである。各事業部から参加しているメンバーを動かすのは彼らの仕事だ。開発フェーズから顧客への提供フェーズまで、プロジェクトマネジメントは彼らが担うことになる。
ちなみに、顧客との関係構築活動は、オファリングモデルと独立して営業部門が担うのが一般的である。推進チームの出番はオファリングモデルの紹介くらいだろう。
案件発掘後はオファリングモデルが活動の柱になるので、オファリングモデル推進チームが主役を務めるが、顧客接点をコントロールするのはあくまで営業の役割である。
よく議論になるのだが、オファリングモデル推進チームのメンバーとは、果たしてどういう人たちなのだろうか。事業部から独立した事業部横断的な存在と考えるなら、推進チームは常設の組織でなければおかしい。果たしてこれは適切なのか。
グローバル企業を注意深く観察すると、これに対抗するもうひとつの答えを見つけることができる。それぞれのオファリングモデルで最大の勢力を占める事業部が中心となって、都度、オファリングモデル推進チームを選出するというやり方だ。選出されたメンバーは、出身事業部の利益を代表するという立場から、企業の利益を代表するという立場に衣替えさせられる。
私には定まった答えはないが、経験でお話すると、オファリングモデル推進チームが常設されることはほとんどなかった。
l オファリングモデル導入は市場アプローチのスタイルをPush型へと向かわせる
オファリングモデルを活かそうと思えば、市場へのアプローチ方法を、これまでのPull型からPush型に転じる必要がある。少し詳しく説明しよう。
Pull型の主流は、顧客が自ら実現したい内容を決め、構成要素ごとに複数のベンダーを競わせるというやり方だ。商談の規模は小さめで、しかも価格競争に陥りやすいため、ベンダーにとってはうれしい話ではない。勝率は低く、仮に受注できたとしても利益は少ない。
しかし、日本企業の多くは何の疑いもなくこの状況を受け入れている。
Pull型のもうひとつの欠点は、積極的な事業拡大が難しいことにある。引き合いを「待つ」しかないためだ。引き合いを増やためにはブランド力強化やイベントにお金を使う必要があるが、たいていは期待したほどの効果は得られない。
これに対し、Push型は自分たちが主役で起点は顧客だ。市場分析を通じてターゲット顧客を選定し、関係構築を図る。国盗り表を作成し、何を強みに、どの領域を、どのオファリングモデルで攻め込むかを決め、自分たちが「選ばれる理由」を日常的に顧客に刷り込む。
その結果、自分たちに有利なRFPを書かせることに成功する。
Pushに成功した案件は勝率が高く規模も大きい。トータルソリューションで価値提案するので、価格競争に巻き込まれることは少ない。オファリングモデルを増やしターゲットを拡大することで積極的な事業拡大も可能だ。
Push型の市場アプローチはオファリングモデル導入に影響されて始まり、組織の後押しで現場に浸透する。このように、オファリングモデルには、組織全体に広がった沈滞ムードを吹き飛ばすだけの力がある。

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[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(3/5)
l オファリングモデルの導入にはさまざまなキーワードが存在する
オファリングモデルの導入手順を足早に説明してきたが、これにビジネス上のキーワードを重ね合わせてみよう。小野寺工業の新事業立上げストーリーにはさまざまなキーワードを盛り込んだが、ほかにもキーワードはある。
簡単に説明しておこう。
市場成長率 / 規模
「魅力的な市場」とはどんな市場なのか。それを効果的に評価するには「成長率」と「規模」の2軸でポートフォリオを組むといい。「成長率」は意外に見過ごされやすい。
青い海を意味するブルーオーシャンは競争相手がいない、もしくは競争のない市場を指し、赤い海を意味するレッドオーシャンは血で血を洗うような競争の激しい市場を指す。プロダクトアウトの習慣としてきた組織は自分たちの技術や商品が馴染む市場を優先しがちだが、そこがレッドオーシャンであることを見逃してしまう。
市場へのリーチ
どれほど魅力的な市場であっても、自分たちがその市場にリーチするためのパスを持っていなければ手も足も出ない。パスを持っている市場に絞り込むのが普通だが、絞り込んでからパスを作るという選択肢も無くはない。
市場の定義が曖昧であるがゆえにパスを持てない場合もある。
一般消費財で例えるなら、「趣味への出費を厭わない人たち」という市場を定義すると、来店者の中からターゲット顧客を特定するのは難しい。そこで、市場の定義を「年収が1000万円以上で子供が既に独立している人たち」と言い換えれば、「年収」と「家族構成」からターゲットを特定しやすくなる。
選ばれる理由
ブルーオーシャン市場をターゲットに選べればいいが、いつもそうできるわけではない。やむを得ない事情でレッドオーシャン市場を選んだとしたら、厳しい競争を勝ち抜くために競争優位を確保しなければならない。
「競争優位」という言葉に引きずられると、ついつい数字の比較に目が行きがちだが、実際にはそれだけではない。利便性、安心感、付き合いの深さなど、競争優位をつかさどる要因は実にさまざまだ。
「競争優位」という言葉を「顧客はなぜ自分たちを選ぶのか?」と言い換えるだけで、顧客目線に立つことができる。「競争優位」という言葉を捨て「選ばれる理由」とするだけで発想が広がる。
Pull / Push
顧客の戦略的パートナーを目指すなら、市場へのアプローチ方法をこれまでのPull型(顧客に対して受動的)からPush型(顧客に対して能動的)に転じなさい。御用聞きのままでは顧客の信頼を勝ち取ることはできない。
自分たちに有利なRFPを目指すなら、アプローチ方法をソリューションセリング(=提案型)に切り替え、顧客の要求が生煮えの段階から寄り添うよう努力しなければならない。
ディスカッションマテリアル
顧客の言いなりではなく対等な立場を目指すなら、顧客との議論の場では主導権を握らなければならない。そのためには、しっかり練り込まれたディスカッションマテリアルが欠かせない。ディスカッションマテリアルの中で議論の全体像や論点の関係性をうまく表現できていれば、主導権は自ずとこちらにやってくる。参加者の納得感は増し、意見の根拠を示すにも好都合だ。ディスカッションマテリアルの中に自分たちが選ばれる理由を盛り込むことができていれば、最高だ。
議論のシナリオをあらかじめ描いておくことも忘れないように。
レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ
顧客との関係構築で心がけてほしいのが「レイヤ・バイ・レイヤ」だ。
たいていの組織はピラミッド型になっており、最終的な意思決定は頂点に位置する幹部たちに委ねられる。幹部との日頃のコミュニケーションが果たす役割は大きい。ところが、現場サイドが幹部と会ったところで本意は引き出せない。
時として、現場同士で煮詰めた議論を経営陣は覆すが、こうなってしまっては現場サイドでは手が出ない。
このような事態に備えるには、幹部間のパイプラインが効果的だ。
さらに付け加えるなら、これは幹部間に限った話ではない。現場は現場同士、ミドルマネジメントはミドルマネジメント同士だからこそ通い合うことも多いからだ。
このように、ピラミッドの階層ごとのパイプラインをつくり上げることを、私は「レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ」と呼んでいる。
「レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ」には、双方の幹部に当事者意識を植え付けるという狙いもある。提案活動に携わったことのある方なら誰しも、幹部からのスポンサーシップの大切さは身に染みていることだろう。
顧客の顧客
B to B (企業同士)のビジネスでは特に、戦略的パートナーには重みがある。ところが、これが簡単にはいかない。競合他社も同じことを狙っているし、「自分たちのことは自分たちでやれる」と高を括る顧客も多い。こんな時は、従来型の顧客研究から抜け出して「顧客の顧客(顧客にとっての顧客、エンドユーザー)」に目を向けてほしい。
顧客に寄り添うには顧客と同じ目線で眺めるほうがいい。「顧客の顧客」に目を向けるとは、まさにそういうことだ。専門家の目で観察すれば、顧客すら気付いていない課題を浮き彫りできるかもしれない。
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは、アレックス・オスターワルダーとイブ・ピニュールが著した「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」(翔泳社)の中で紹介されているフレームワークだ。このフレームワークでは、ビジネスモデルを9つのブロック(パートナー、主要活動、リソース、価値提案、顧客との関係、チャネル、顧客セグメント、コスト構造、収益の流れ)に分けて表現している。
私はこれを「広義のビジネスモデル」と呼んでいる。
このフレームワークは、事業を俯瞰したいときだけでなく、特定の顧客への顧客戦略を練るときなどにも幅広く活躍する。あらゆるシーンでうまく活用してほしい。
リーンスタートアップはエリック・リースが著した書籍「リーン・スタートアップ」(日経BP社)で紹介されたスタートアップ(この場合は事業開発や商品開発を指すだろう)の方法論だ。
企画段階に完璧な試作品をつくり上げることをエリックは否定している。
彼はこう示唆する。
スタートアップには不確実性がつきものなので、初動時に立てた綿密な計画はムダに終わることが多い。顧客調査が不十分なままにでき上がった商品は的外れだし、独り善がりな計画をそのまま実行したところで成功はない。
彼の教えにはMVP(Minimum Viable Product)というプロトタイプが登場し、市場に受け入れられる商品を企画するために重要な役割を担う。オファリングモデルの柱となるソリューションを開発する際には、ぜひ参考にしてほしい。
ソリューションセリング
ソリューションセリング手法にはさまざまな捉え方があるようだが、ここでは私の理解を紹介する。これまでの提案手法をプロダクトアウト手法と名付け、ソリューションセリング手法と比較する。
プロダクトアウト手法は、初対面のときに商品紹介やデモンストレーションを行い、手の内をさらけ出す。このやり方は顧客主導の状況を招き、競合他社を呼び寄せてしまう。
圧倒的な競争優位を主張できる場合はいいが、そうでない場合には価格競争の引き金を引くことになり、勝者なき戦いが始まる。商品や商品の使用環境が複雑化し、顧客自身が優劣を判断できない昨今は、この手法では分が悪い。システム商品ならなおさらだ。
これに対し、ソシューションセリング手法は、まず顧客のペイン(心の痛み)に着目する。こちらがペインを与えてはダメで、顧客に自覚させなければ意味がない。ペインを自覚させる前の商品紹介やデモンストレーションはご法度だ。なぜなら「解決方法が存在する」という事実が顧客に安心感を与え、ペインの低下を招くからだ。ソリューションセリングでは「ペインは顧客の購入意欲を高める原動力である」と考えているため、不用意に安心感を与えないように注意を呼び掛けている。
ペインを最大化させた後は、解決策提示、価格提示と進むが、この段階を通じてペインは下降し続ける。
ソリューションセリング手法を採用するのはソリューションが大規模で複雑な場合がほとんどだが、顧客担当者は自分の判断に自信が持てない上に、のしかかる責任も重い。そのため、セールスプロセスの最終段階では担当者は保身に躍起になる。これが購入意欲を極端に減退させる。これに対抗するには、提案当初に徹底的にペインを引き上げておくしかない。
最終的には、残ったペインの大きさが商談の行方を決める。
もしシステム商材を扱っているなら、ソリューションセリング手法にぜひチャレンジしてほしい。
案件管理
オファリングモデルを導入すると、事業運営はオファリングモデルを中心に回り始める。このような状況下では、案件管理の持つ意味はこれまで以上に大きくなる。
組織は、案件の受注確度に応じて投資計画やリソース計画を立て、パートナー戦略を練る。このように、組織全体が受注確度に依存したさまざまな備えを行う。予定していた案件を失注した場合のインパクトは大きいが、予定していなかった大型案件が突然受注できた場合のインパクトも同じくらいに大きい。組織は大混乱をきたし、その混乱は受注案件の収益性を蝕むことになる。
オファリングモデルを導入するなら、案件管理の強化は避けては通れない。
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[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(2/5)
l マトリックス型事業運営の悩みをオファリングモデルが解決する
オファリングモデルは事業運営の基礎をなす。
意志薄弱な行動を繰り返してきた事業運営は、オファリングモデルの採用により大きな第一歩を踏み出すこととなる。オファリングモデルという背骨を獲得し、しっかりとした歩行が可能となるのだ。
複雑なマトリックス型の事業運営を行う組織ならなおさらだ。オファリングモデルは、マトリックス型で混乱する事業を救う手段となりうる。
事業環境が複雑化する中で、多様化する市場の要求に応えるべき多くの組織がマトリックス型の事業運営に舵を切った。ところが、これが容易ではなかった。
マトリックス型の事業運営の難しさは、縦軸に配置された多数の部門に横串を刺すことのできる効果的なマネジメント手法が存在しないことに起因する。オファリングモデルなら、この課題を解決できる。なぜなら、オファリングモデルは縦軸の部門に横断的に働きかける概念だからだ。
オファリングモデルの最大の特徴は「顧客起点」にある。縦割りの組織が提供する断片的な提供価値では顧客に訴えかけることはできない。交わることを拒絶してきた各部門は、オファリングモデルの開発過程で、いやがおうでもコラボレーションを余儀なくされる。結果的に、オファリングモデルは縦割り部門の連携を促すことになる。
オファリングモデルを採用することで、マトリックス型組織の事業運営は格段に効率化するに違いない。
l これまでの「顧客中心主義」はオファリングモデルが掲げる「顧客起点」ではない
さて、私はオファリングモデルを「市場や顧客を起点とする概念」と位置付けているわけで、オファリングモデルを事業運営の中核に据えるということは、事業を顧客起点で運営するということに他ならない。ところが、オファリングモデルという概念を導入しようとした多くの日本企業は、このことが原因で壁に直面することになる。
歯に衣着せずに言えば、日本企業が掲げる「顧客中心主義」の実態は「顧客の考えを拝聴してそれを完璧に実現する」という、いわば「御用聞き」的な発想に過ぎない場合が多い。
これに対し、オファリングモデルが掲げる「顧客起点」の本質は、顧客の目線で考え、価値提供することにある。「顧客観察」で獲得した知見を武器に顧客にプロアクティブに働き掛け、唯一無二のビジネスパートナー(=戦略的パートナー)の座を目指すわけだ。プロの目は、時として、顧客すら気付いていない潜在的な課題を発見することだってある。
この目論見が成功すれば、皆さんは、顧客の事業の一翼を担う存在となる。
ところが日本企業の多くは、顧客観察にも、戦略的関係の構築にも慣れていない。マーケットインが苦手なわけだ。これがオファリングモデル開発の足枷になる。
「なーんだ、日本企業にはオファリングモデルなんて無理なんじゃないか」
こう結論付ける前に、小野寺工業の新事業立上げストーリーを読み返してほしい。ディスカッションマテリアルやレイヤ・バイ・レイヤなど、マーケットインのためのヒントが見つかるはずだ。
l オファリングモデル導入の手順
オファリングモデルを導入するための手順を考えてみよう。
最初に取り掛かるのは、柱となるソリューションの開発だ。
顧客起点のソリューションは「さあ作るぞ」と意気込んだところで、おいそれと作れるものではない。顧客すら気付いていない潜在的な課題を見つけるには顧客を観察するしかないが、遠くから観察していたのでは意味はない。つまり、顧客に寄り添う関係でなければならず、顧客の「戦略的パートナー」という立ち位置が必要になる。
ところが、数多くの顧客を相手に戦略的パートナーを目指すのは現実的ではない。そこで、魅力的な市場を絞り込み、そこからターゲット顧客を選び出す作業が必要になる。
ソリューション開発の手順を敢えて逆方向に遡ったが、これを時系列にプロットし直すと以下のようになる。
① 自分たちにとって魅力的な市場を絞り込む。
② ターゲット顧客を決め戦略的パートナーとしての立ち位置を築く。
③ 顧客を観察し、そこで獲得した知見をもとにソリューションを開発する。
ソリューション開発では、汎用性を考慮することを忘れてはならない。後工程の効率を考えれば当たり前のことだ。顧客のわがままやマイナー要求に引きずられてはいけないし、一点ものの高価な技術や構成品を使ってもいけない。機能はできるだけモジュールの組み合わせで実現したほうがいい。
ところが、そうは言ってもソリューションには自分たちが選ばれる理由を作り込んでおく必要がある。そこにソリューション開発の難しさがある。
顧客に言われるままに開発しておき、後で汎用ソリューションに改造しようなどと考える人もたまにはいるが、それは虫が良すぎるのでやめたほうがいい。そんなに都合よくいった例を私は見たことがない。
柱となるソリューションが完成したら「付属品」をセットし、いったんオファリングモデルを完成する。付属品にはビジネスモデルも含まれる。
オファリングモデルが完成したら、実際にこれを使って事業をまわしてみよう。問題があれば適宜修正すればいい。
④ 柱となるソリューションに付属品を添えてオファリングモデルを完成する。
⑤ でき上がったすべてのオファリングモデルを重ね合わせて事業をマネジメントする。
⑥ 顧客への提案スタイルを従来の「御用聞き」型から「戦略的パートナー」を前提としたソリューションセリングに切り替える。
説明を補足するとすれば、アカウントマネジメントだろう。日本企業の多くはアカウントマネジメントが苦手である。
アカウントマネジメントの肝はアカウントプランだ。アカウントプランが不十分なままに提案活動に力を入れたところで付け焼刃でしかない。
ここでは、オファリングモデルを活用したアカウントプランの作り方を簡単に紹介しておこう。
アカウントプラン作成は最初が肝心で、「国盗り表」がそれにあたる。顧客のどの領域をどのベンダーが押さえているのかをまとめた表を、私は「国盗り表」と呼んでいる。
国盗り表の原型は、オファリングモデルを開発する過程にできあがる。オファリングモデルを開発するには、顧客の要求をいくつかの領域に分類し、その中から対象領域を絞り込む必要があるからだ。これに多少のアレンジを加えることで、国盗り表の枠組みは完成する。
枠組みが完成したら戦略的パートナーという立場を活かして顧客から情報を収集し、枠組みを埋めていく。
でき上った結果を眺め、自分たちが進むべき道を決める。どの領域で自分たちの強みを刷り込むのか、どの領域で他社のリプレースを狙うのかなどを決めるわけだ。
こうやってアカウントプランはできあがる。
これら一連の流れが完了し運用が定着したら、組織的に体制を整え、オファリングモデルを維持、メンテナンスすればいい。
⑦ オファリングモデルを維持、メンテナンスする。

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[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(1/5)
l オファリングモデルは単なるセット販売ではない
オファリングモデルの説明をすると「うちでも似たようなことはやっています」という反応が返ってくることがある。詳しく聞くと、そこには「オファリングモデル≒セット販売」という勘違いがあった。
はっきりと言っておこう。オファリングモデルは単なるセット販売ではない。
セット販売とは、これまでバラバラで販売していたものをひとまとめのセットにしたに過ぎない。ひとつひとつ悩みながら構成要素を選ばなくてもいいという点、組み合わせの相性を気にする必要がない点などが顧客側のメリットだ。提供側のメリットは、他社に邪魔されることなくすべての構成品を自分たちが受注できる点、組み合わせの相性を都度検証するという手間が省ける点、在庫パターンを単純化して在庫を削減できる点、一部の構成品の競争力のなさを他の構成品で補える点などだろう。
セット販売が効果的な販売手法であることは事実だ。特に、知識や鑑定力に自信のない顧客、拘りのない顧客には効く。しかし、オファリングモデルがビジネスにもたらす価値は、こんなものではない。
セット販売に相当するものを、オファリングモデルではソリューションと呼ぶ。ただし「相当する」というには語弊がある。見た目は同じようにも見えても、中身が全く違うからだ。セット販売が過去の実績や使われ方を考慮した単なる「組み合わせ」であるのに対し、ソリューションは顧客に価値を提供するための手段であり、顧客の課題を分析した結果として手に入る。しかもソリューションには、自分たちが選ばれる理由が作り込まれていなければならない。
オファリングモデルの検討が市場分析や顧客観察から始まる理由はそこにある。
l オファリングモデルと事業運営をつなぐには「付属品」が欠かせない
ソリューションはオファリングモデルの柱だが、それだけではオファリングモデルは成立しない。これを成立させるために、オファリングモデルの「付属品」ともいえるその他の構成要素が脇を固める。
オファリングモデルは事業運営の中核を成す概念であり、ビジネスに異次元の進化をもたらす。重要な役割を果たすのは、オファリングモデルと事業運営をつなぐインタフェースだ。このインタフェースの役割を担うのが「付属品」である。
オファリングモデル = 「顧客起点のソリューション」+「事業運営とのインタフェースを担う付属品」
付属品の例を挙げておこう。
※ 「事業部ごとにバラバラだった事業運営を、オファリングモデルの概念がひとつにまとめ上げる」の図を参照のこと
ターゲットセグメントと売上見込み
提供モデル、収益モデル、販促モデル
(これら3つを私は「狭義のビジネスモデル」と呼ぶ)
提案・提供計画、提案・提供リソース
提案ツールや提案技法
価格や利益
市場分析や顧客観察をもとにオファリングモデルを検討するわけだが、最初に検討するのはソリューションばかりではない。ソリューションには「顧客の存在」(価値を享受するのは誰か)が欠かせないからだ。
ソリューションを検討する際は、同時にターゲットセグメントを検討することになる。
「このマーケットセグメントはこんな課題を持っている」
「ゆえに、こんな価値提供が効果的だ」
「そのためにはこんな技術で、こんな構成品で、こんなソリューションを提供すればいい」
「しかも、この技術や構成品は、自分たちの十八番だ」
「この技術をソリューションに組み込めば、顧客は更なる利便性を手にできる」
「よし、このターゲットセグメントにこのソリューションを提供しよう」
ソリューションとターゲットセグメントが決まれば、オファリングモデルの売上規模を見積もることができる。複数のオファリングモデルを重ね合わせることで事業計画の目途が立つというわけだ。
提供モデル、収益モデル、販促モデルに代表される「狭義のビジネスモデル」は、その後の検討で明らかになる。どんな事業活動が成功のカギを握るのか、自分たちはどこに集中しどこを外出しすればいいのか、顧客との間にどんな関係を構築すべきなのか、どんなチャネルが効果的なのかなどは、この検討を通じて明らかになる。
「狭義のビジネスモデル」が明らかになれば、ソリューション(=提供価値)を提案するための提案計画や、提供に向けた提供計画を練ることができる。
計画作成の過程で、提案活動や価値提供(商品の開発、製造、構築や設置など)に必要なリソースの種類や量、必要な期間などといったリソース計画が明らかになる。組織としてどういったリソースをどれだけ、どの時期に確保するかは事業運営上の重要テーマだが、これはオファリングごとのリソース計画を集約することで可能になる。
「狭義のビジネスモデル」を検討する際には「選択と集中」が議論の土俵に上がる。何を自前し何を外出しするかを、競争力と事業効率の両面から検討することになる。選択と集中の議論はパートナリングに通じる。
リソース計画の過程で、所要量を自分たちだけでは賄いきれない、もしくは必要なスキルが組織内に存在しないことが明らかになる。このような場合には外部調達を検討せざるをえない。これらの議論を通じてパートナリングの在り方が明らかになっていく。この延長上にパートナー戦略が浮かび上がってくる。
たいていの場合、投資なくしてオファリングモデルは実現しない。販売促進の一環としてのイベント開催や市場への告知、提案に必要なツールの整備や提案技法の習得、ソリューション開発、製造設備強化、スキル開発、パートナリング活動など、多くの投資事案が積み上がる。ROI(投資対効果)の検討は欠かせない。
ところが、オファリングモデルごとにROIを積み上げるだけでは、組織として最適な投資を行ったことにはならない。オファリングモデルごとの検討を重ね合わせ、組織として最適な投資計画を立てる必要がある。
オファリングモデルを考える上で価格設定は重要テーマのひとつだ。市場での価格競争力や顧客の納得感、自分たちが目標とする利益や利益率、これらのバランスが価格設定のポイントとなる。価格競争や顧客の懐具合などで設定価格を下回らざるを得ないケースもあるが、オファリングモデルに設定された価格を現場の判断で安易に変更すべきではない。オファリングモデルは事業全体のバランスの上に成り立っているのだが、価格はそのバランスを維持する上で最も重要な要素のひとつだからだ。
ソリューションとターゲットセグメント、狭義のビジネスモデル、リソース計画とパートナー戦略、投資計画に価格設定、これらすべての要素は複雑に影響しあっており、微妙なバランスの上に成り立っている。それゆえ私たちは、イテレーション(短い間隔で反復しながら行われる開発サイクル)を通じてオファリングモデルの完成度を高めなければならない。


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社長就任演説「皆さんの言葉でチャレンジを語ってください」
翌年、大島は異例の人事で代表取締役社長に就任した。高齢の前社長の交代は陰で囁かれていたが、後釜に大島を予想した者はほとんど誰もいなかった。
早朝、大島は幹部を集めて社長就任の挨拶をしたが、それは社員を叱咤し、更なる変革と成長の必要性を訴えかける内容だった。
大島は言った。
「4年前、私たちは危機的な状況に直面していました。ご存知でしたか」
参加者の多くは呆気に取られていた。自分たちが危機的な状況にあったという認識が無かったからだ。
「自分たちの会社は順調に成長してきた」というのが彼らの思いだった。
大島は続けた。
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あのとき、事業環境は大きな変化の時を迎えていました。幸いにして、一部の人たちがそのことに気付きました。そして、かつて経験したことのないチャレンジに取り組んだのです。その結果、2つの事業が生まれ、今も成長を続けています。その2つとは、東南アジア向けの汎用工作機事業と欧米の大型工作機メーカー向けの加工制御装置事業です。いずれは、これまで私たちが「中核」に据えてきた国内大手工作機メーカー相手の事業に利益面で肉薄するでしょう。売上規模ではまだまだですが、利益率が高いです。
これを誰が成し遂げたのか、皆さんはご存知でしょう。笠間さんを中心とするOBF変革チームです。
当初、彼らの置かれた状況は五里霧中でした。そんな中で、笠間さんは高いモチベーションと並外れた想像力を発揮し、進む道を照らし出しました。笠間さんのリーダーシップやメンバーのチャレンジ精神には頭が下がります。
何よりも、彼らは辛抱強く事に当たってくれました。
さまざまな工夫やアイディアは、半信半疑だった周囲の関係者を本気にさせました。これはすごいことです。なんせ私たちは創業以来100年間、大きな変化を経験してこなかったのですから。
私たちの企業人としてのDNAにチャレンジ精神はありませんでした。それが、この4年間で生まれ変わりました。私たちは今も進化の途中ですが、この進化を止めるわけにはいきません。
私たちは、お客様からの指示を待っていてはいけません。お客様と同じ側に立って考え、工作機の利用者に価値を提案し、提供しなければなりません。
お客様は世界中にいます。そして、ライバルはグローバルカンパニーです。
私たちはまだまだ未熟ですが、その分、可能性を秘めています。完全に生まれ変われるまで、私たちは変化し続けなければなりません。自ら変化を起こせる会社になるまで、私たちに立ち止まることは許されないのです。
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大島は、中期事業計画を発表した。それはチャレンジングなものだった。
最後に、大島は笠間をCTrO(Chief Transformation Offiser:最高変革責任者)に任命した。笠間の下には変革オフィスが設置され、OBFの初期メンバーが名を連ねた。
大島は、以下の言葉で就任の挨拶を締めた。
「さあ、今日の朝礼では、所属員の皆さんに、私たちのチャレンジについて語ってあげてください。皆さん自身の言葉で語ればいいのです。皆さんは、このチャレンジのリーダーなのです」
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コンサルタントは潤滑油であり、改革を成功に導いたのは「会社への深い愛情」と「不退転の覚悟」だった
笠間たちのアプローチは功を奏した。一時は低迷した海外事業はかつての活気を取り戻し、プラス成長へと転じた。
大島は、笠間と浦田を銀座の小さなイタリアンレストランに招待した。オーナーシェフとその家族で経営するこの店は、大島の30年来の行きつけだった。常務となった今でも飾り気のないこの店を選ぶ大島の人柄に対し、笠間は安心を感じた。
「やっとこの日が来たね…長かったような、短かったような。二人ともよく頑張ってくれた。お疲れ様でした」
ワイングラスが交わる柔らかな音がテーブルに響いた。
大島が浦田と知り合うきっかけになったプロジェクトの話に始まり、今回の件で浦田に声を掛けたときの思いなどが大島の口から語られた。笠間たちの活動を常に気にかけていたことを、大島は嬉しそうに話した。
笠間は「これからですから」と口にしてはいたが、その表情は「やり遂げた男」のすがすがしさに溢れていた。
3人が席に着いてから1時間ほどで2本目のワインボトルが空になり、次のワインが運ばれてきた。注文していないところを見ると、これが大島とこの店との阿吽の呼吸らしい。
そんな中、大島は少し身を乗り出し、ふたりの顔を交互に眺めながら言った。
「成功要因は何だったのかね?」
笠間と浦田は一瞬顔を見合わせ、笠間は浦田に話すようにと目配せした。
「私が思うに、ポイントはふたつでした。ひとつは『Push型』に舵を切れたこと、もうひとつは『戦略的パートナー』という顧客との新たな関係を切り開けたことです」
大島が改めて「それらについて教えてほしい」とお願いすると、浦田に代わり、笠間が誇らしげに説明を始めた。その自信に満ちた語り口調には、浦田を凌ぐ説得力があった。
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[ Push型 ]
あの時期、私たちには目指す方向を見いだせないでいました。自分たちのやってきたビジネスを振り返ることはできましたが、それがいったい何を意味しているのか、それすらわかりませんでした。そもそも、今回のような観点から事業のことを考えたことはありませんでした。
そんな中で、浦田さんは「Pull型」と「Push型」というシンプルな言葉で私たちの進むべき道を示してくれました。これが大きかったです。この二者択一が、私たちの目線を何十メートルも何百メートルも上へと引き上げてくれました。
「これまでのやり方はPull型だった」この言葉に導かれて自分たちのやってきたビジネスを振り返ると、そこには多くの発見がありました。当たり前のようにやってきたことに理由付けができたというか… これまでモヤモヤしていたものがPull型とPush 型の構図の中でスッキリと整理されました。
これまでのやり方では海外事業を立ち上げられないことくらい、すぐにわかりました。Pull型を捨て去ることに何のためらいもありませんでした。当初、「Push型なんて自分たちには無理なのではないか」という心配がありましたが、チャレンジを始めるとすぐに消え去りました。どうやってPush型を実現すればいいのか、その一点に頭は切り替わりました。
そこで気付いたのですが、私たちはこれまで、自分たちが顧客に提供している価値について考えたことがありませんでした。そればかりか、自分たちの強みについて考えたことすらありませんでした。これがどれほど異常なことだったかを、「Pull型とPush型」というシンプルな構図が気付かせてくれたのです。
これ以降は、Push型を前提に議論してきました。今に至るまで、まったくブレていません。
[ 戦略的パートナー ]
Push型を目指すことは決まりました。そのために何をどう検討すればいいのかは浦田さんが指導してくれました。そのおかげで、OBFコアチームは進め方を具体的にイメージすることができました。これは大きかったです。
そんな中、Push型を目指す上での柱がないことが、私には気になっていました。柱というか… 「Pull型からPush型に変えるためにはコレをやればいい」といった明確なもの… 私たちの拠り所になるものです。
自分たちの強みを明らかにし、ターゲット顧客を決め、その顧客に強みを刷り込む。頭でわかってはいても、なんかピンときていませんでした。
そんな時、浦田さんが「戦略的パートナー」という言葉を使いました。
最初は「戦略的ってなに?」「パートナーって誰の?」と、はてなマークだらけでした。しかし、説明を聞いていくうちに「コレだ!」と感じました。
私たちに欠けていたのはゴールのイメージだったのです。それが戦略的パートナーでした。
私はこれ以降、Push型を目指すのを止めました。私たちが目指したのは、戦略的パートナーになることです。そのためには、相手を決めなければならないことに気付きました。今になって考えると、それがよかった。それまでは漠然としていた「ターゲット顧客を決める」という言葉に、はっきりとした意義が生まれたのです。
私たちはターゲットをアポロマシナリーに絞りました。
相手に戦略的パートナーとして認められるには、私たちにしかない魅力というか、特別な存在価値みたいなのがなければなりませんでした。
私たちは現場の他のメンバーの協力をもらいながら必死に考えました。
私たちの強みが明確になり、それを喜んでくれるターゲット顧客が決まったとしても、この段階ではまだ片思いです。どうすれば両想いになれるのかをみんなで議論しました。すべては「戦略的パートナー」になるためでした。
浦田さんの話は、いつも論理的でシンプルでした。頭にス――っと入ってきました。言われてみればどれも当たり前のことなのですが、その当たり前さがよかったのです。
浦田さんは先を急ぎすぎず、時間をかけてじっくりと考えさせてくれました。私やコアメンバーは、腹に落ちるまで、何度も浦田さんに質問し、議論しました。
途中で「こんなことをやっている暇があるのか」と不安にもなりましたが、自分たちが腹落ちしていないものを他人が腹落ちするわけありません。ゴールのイメージが固まるまで議論し続けました。
これは無駄ではなかった。腹落ちしてからは、誰になんと言われようと、私たちの目指すゴールがブレることはありませんでした。
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大島は、興奮気味にしゃべり続ける笠間の話に、嬉しそうに耳を傾けていた。
海外事業を立ち上げたいと大島に声を掛けられたとき、浦田は躊躇した。自信が無かったからだ。新事業の立ち上げはそれまでにも何度か経験していたし、その中には、小野寺工業と似たケースも無くはなかった。しかしいずれも、道半ばで手を引かざるを得なかった。それが自信の無さにつながっていた。
浦田は今回の勝因を、心の中で「大島さんの会社への深い愛情と、事業立ち上げに向けた笠間さんの不退転の覚悟だった」と振り帰った。結局は人なのだと…
浦田は、ひと口残っていたワインを飲み干し「そろそろ帰りましょうか」と二人に声をかけた。
もう午後11時を回り、銀座の街にはさきほどまでの賑わいはなかった。

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