小野寺工業のチャレンジ

幾多の障壁を乗り越えて新事業開発に取り組む、メンバーとコンサルタントが織りなすドラマです

なぜ選ばれるのか? 誰に選ばれるのか? 企業にはこの問い掛けが特に大切だ

ソリューション型を目指すことは決まった。

しかし、これは「どうやって海外事業を立ち上げるのか」の答えにはなっていない。

自分たちの競合相手になるのは、マーケットインのソリューション型で戦ってきている強敵たちだ。世界的には風変わりでしかない、小野寺工業の「御用聞き」手法が通用するわけない。

これを機会にソリューション型に切り替えることができたとしても、それはスタート地点に立てただけのこと。並みいる競合の中で勝利を勝ち取るためには、小野寺工業ならばこその手法を見つけ出さなければいけない。

 

浦田はコアチームのメンバーを相手に「私たちは、なぜ選ばれるのでしょうか?」と尋ねた。

 

浦田は外部のコンサルタントであり、OBFチームにとってはいわば「よそ者」であったが、いつも「私たち」という言葉を使った。同じ目的を持った仲間という意識がそうさせたわけではなく、彼が長年のコンサルタントとしての経験の中で身に付けた、生き抜くための知恵であった。自分のためでもあり、自分を必要とするクライアントのためでもあった。

 

「なぜ選ばれるのか?」、この言葉に笠間たちは一瞬、たじろいだ。しかし、あまりにもシンプルなこのひと言は、霧が立ち込めた頭の中に一陣の風を吹き込んだようにも感じた。

小野寺工業の社員は、自分たちの強みは「技術力」だと信じていた。技術力があるからこそ、近畿工作機も他に乗り換えるはずはないのだと考えていたのだ。

しかし現実は違っていた。近畿工作機はいまだに加工制御装置の大半を小野寺工業に発注してはいたが、海外メーカーへ発注も年々増加傾向にあった。

 

笠間は浦田の質問に「技術力」という言葉を思い浮かべだが、すぐに思いとどまった。

これを感じ取った浦田は、しばらくの沈黙の後、あえてその言葉を口にした。

 

「最先端の技術力… ですかね?」

 

静けさを嫌うように発言したのは、やはり笠間だった。

 

「技術力なんて、各社とも、たいして変わりませんよ」

 

笠間は、以前に海外の展示会を視察したことで、海外勢のうちの数社が、小野寺工業が開発を進めている新技術のプロトタイプをすでに開発済みであることを知っていた。そのときの焦りと落胆を、今になって思い出していた。

 

「最近は、工作機ライン全体をどのように制御できるかが争点になってきていて、この点においては、海外メーカーは私たちよりもはるかに進んでいます」

 

近畿工作機をはじめとする国内の大型工作機メーカーはいまだに個々の技術を追及していたが、海外勢はこの時すでに、個々の工作機の性能から「システム」の発想に移行していた。この潮流は、加工制御装置メーカーにも波及しており、システム思考の面では、小野寺工業は海外勢に大きく出遅れていた。

 

システム思考が顕著に現れたのが小型の汎用工作機の普及だった。この波は「ダウンサイジング」と呼ばれ、海外では10年ほど前に始まり、進化を遂げていた。

それを聞いた浦田は「すでにGood enoughに入ったのですね」と言い、その言葉の意味を説明した。

 

Good Enoughとは、機能が進化し性能が向上した結果、顧客の活用能力や期待感を越えた状況のことであり、この状況に達すると、顧客はこれ以上の機能、性能の進化にお金を払わなくなる。それに代わって新たな競争基盤、たとえば使い勝手や利便性、豊かさに向けた新たな価値などが脚光を浴びるようになる。

工作機に関して言えば、運用コストや操作性、投資効率などが、機能や性能に代わる新たな選定基準として浮上する可能性が高かった。

 

コアチームのメンバーたちは「自分たちはなぜ選ばれるのか?」と自問し続けた。そのうちに、顧客が抱えている課題や工作機メーカーへの期待に話が及んだ。そして、以下のような意見が出された。

 

   自分たちの強みは加工制御ソフトウェアにあり、海外の大型工作機メーカーからの評判もいい。汎用工作機用の機器輸出が好調なのも、搭載している加工制御ソフトウェアの機能がすばらしいからだ。

   最近になって、加工制御ソフトウェアを購入している大型工作機メーカーから加工制御装置の引き合いが増えている。これには、工作機の競争力の源泉が加工ライン全体の制御に移りつつあることが関係していると思われる。

   海外の工作機メーカーの主戦場は欧米で、最近では、東南アジアにある欧米企業の製造拠点にも進出しつつある。彼らをターゲットにしたところで、今の自分たちの実力では勝算はない。

   東南アジアでは機械化の遅れている工場も多く、機械化を進める過程では大型ではなく小型の汎用工作機を導入する傾向にある。大型工作機を主力とする大手メーカーの高額な工作機ではなく、アジアブランドの汎用工作機の人気が高い。

   自分たちは汎用工作機はやっておらず、やる予定もない。それは国内の汎用工作機の市場規模が小さいからである。ただし、自前の制御機器はあるので、開発しようと思えばできなくはない。その場合、性能・機能には自信はあるが、価格競争力という点では非常に厳しい。

 

欧米の加工機市場はすでにGood Enoughに達していると判断できる。小野寺工業が最先端を武器にこの市場に新規参入したところで、到底勝ち目はない。

だからといって、今の小野寺工業のやり方では、価格競争が想定される東南アジアの汎用工作機市場にターゲットを絞るというのも厳しい。

皆は沈黙するしかなかった。

 

いずれにしても、今のままでは世界に通用しないことだけは理解できた。自分たちは変わらなければいけない、笠間たちはそう考えていた。

 

重い雰囲気の中で口を開いたのは、浦田だった。

 

「破壊的技術という言葉がありまして…」

 

東南アジアのような下位市場は価格感度が高い。実用的でアイディアあふれる商品を携え、価格破壊でこのような市場に新規参入するのがベンチャー企業だ。そして、それを可能にするのが「破壊的技術」で、これは大企業が見捨てた「ありふれた技術」の組み合わせでできている。「破壊的技術」は、安価に調達できる技術なのだ。

 

浦田の提案は、笠間たちがベンチャー企業の立場で東南アジア市場に参入するというものだった。国内では名の通った小野寺工業も、実績のない海外ではベンチャー企業と同じ立場だと浦田は説明した。

幸い、最先端にまい進してきた小野寺工業には、潜在的に破壊的技術の可能性を備えた「ありふれた技術」はありそうだった。東南アジアに進出するとなると、すでにお払い箱になった技術に、新しい視点から命を付近込むことになる。

 

笠間たちはお互いを見やった。そしてこうつぶやいた。

 

「できそうですね」

 

長く続いたこの日の議論にも結論が見えてきた。

 

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[ポイント]

上位市場を縄張りとしてきた実績上位の大企業は、今の時代、下位市場から市場を破壊するベンチャー企業から身を守ることは難しい。対抗手段として、率先してベンチャー的に市場破壊をリードするとなると、目の前の収益源との兼ね合いに問題が出る。

 

そんな時は、市場全体をモデル化し、それを眺めながら自分たちの立ち位置を考えることが先決になる。

市場のモデル化としてはマーケットセグメンテーションが挙げられる。市場を複数のセグメントに分割し、それぞれのセグメントで要求や期待を明らかにする。ここでは、機能面、性能面からだけではなく、価格や活用シーンなどから多面的に分析することが大事になる。徹底的な観察を通じて顧客の潜在的な要求を理解し、イメージに描き出す。

次にターゲットとする顧客セグメントを決め、戦い方を検討する。ベンチャー企業が目を付ける破壊的技術はもともと大企業の技術であり、大企業にはタネの蓄積がある。ベンチャー企業に先駆けて、これらの有効活用を考えるしかない。下位市場を蔑視する社内の価値観、リスクを嫌う投資判断、ブランドイメージの保持など、大企業が越えなければならない壁は相当に高い。冷静な目で市場全体を眺め、合理的に対応方針を練らなければならない。

 

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[場当たり的な後藤部長の思考]

自分たちがお付き合いするのは、業界でもトップクラスの顧客だ。下位市場の顧客と付き合ったところで、メリットは何もない。彼らは、ベンチャー企業が提供する周回遅れの技術で後をついてくればいい。

私たちが巨大な開発投資で最先端を追求するのは当たり前のことである。上位市場の顧客の要求や期待に応える、それが私たちの使命であり、過去から延々と続く事業方針だ。

ベンチャー企業は所詮「悪かろう、安かろう」でしかない。資金力のないベンチャー企業なぞ、私たちの敵ではない。

 

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[本質に向き合う吉田部長の思考]

近年、メガヒット商品の多くを世に送り出しているのは、市場破壊をモットーとするベンチャー企業だ。波に乗り遅れた下位市場をターゲットに、顧客を徹底的に観察し、潜在要求を見つけ出す。

そんなベンチャー企業の武器が「破壊的技術」だ。安価に調達できるこの技術を駆使して、下位市場の要求や期待を満たす商品を世に送り出す。実用的でアイディアあふれる商品を携え、価格破壊と新鮮さで市場に参入するわけだ。

ベンチャー企業のこのような企みは下位市場をターゲットに始まることが多いが、その影響範囲は下位市場に留まらない。近年のさまざまな事例がそれを証明している。若者を対象にしたコンシューマー商品にばかり目が行きがちだが、テレビや自動車、企業向けの業務ソフトや大規模システムに至るまで、この傾向は広がっている。

Good enough に至った上位市場は、機能追加や最先端の性能にお金をかけようとはしない。その反面、これまでとは違う全く新しい価値やアイディアを求める。これが導火線となり、それまでは別物だった上位市場と下位市場がつながる。活性化した下位市場は流行をつくり出し、上位市場を刺激する。破壊的技術は市場を循環しながら、ブランドイメージにしがみつく大企業の支配力を揺るがし続けるわけだ。

ベンチャー企業に対抗する手段は数少ない。大企業は、おっとり刀でカジュアルブランドを立ち上げるのが関の山だろう。

 

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