小野寺工業のチャレンジ

幾多の障壁を乗り越えて新事業開発に取り組む、メンバーとコンサルタントが織りなすドラマです

事業立ち上げには情報が欠かせないが、これがネックとなることは多い まずはクイックに動き、情報収集のための予算を獲得しよう

役員会では投資に対する議論が交わされた。

東南アジア向けの汎用工作機の開発、東南アジアにおける汎用工作機メーカーの買収、大型工作機メーカー向けの加工制御装置ベースシステムの開発にはまとまった金額の投資が必要となる。小野寺工業にとっては、どれも大きな投資だった。

投資の議論に絡み、近畿工作機の競争相手に当たる海外の大型工作機メーカーに、心臓部とも言える加工制御装置を提供することへの懸念の声も上がった。

 

これに対し、笠間はビシッと言い放った。

 

「今のままでは、いずれは近畿工作機からも完全に切られてしまいます。そもそも、私たちが加工制御装置を提供したくらいで海外勢に負けてしまうような近畿工作機だとしたら、忠義を尽くしても無駄です」

 

近畿工作機は、いまだに工作機の個々の性能にしか目が行っていなかった。しかし、いずれは、欧米メーカーと同じように工作機ライン全体のシステム制御に関心が向くだろうことは予測できた。そのとき、システム制御技術に乗り遅れたままの小野寺工業は、近畿工作機にも見放され、完全な敗者となってしまうだろう。そうなってしまってからでは遅いのである。

近畿工作機が高機能、高機能に拘っているうちは、それを担う小野寺工業は安泰だ。この間に、小野寺工業は、工作機ラインのシステム制御の分野で海外勢と肩を並べる存在になっていなければならなかった。

 

笠間のこの発言に表立って反論する者はいなかったが、東南アジア向けの汎用工作機事業モデルと欧米の大型工作機メーカー向けの加工制御装置事業モデルを同時に立ち上げるのは投資と事業リスクがあまりに大きすぎるのではないかという疑問の声が挙がった。しかも、汎用工作機市場の今後の見通しについては、役員たちを納得させるだけの説明をできなかった。

その結果、加工制御装置ベースシステムの開発にはゴーがかかったものの、東南アジア向け汎用工作機関連の2つの投資は時期尚早という結論が出た。

ただし、小野寺工業内で細々と続いている汎用工作機向けの機器輸出ビジネスを今後の戦略事業のひとつと位置付け、OBFコアチームがその強化に当たるということで意見が一致した。

 

変革の方針はこれで固まった。

笠間たちはこの方針の具体化に取り掛かるが、それと並行して、投資計画に早めに目鼻を付けておく必要はあった。時期的なこともあり、追加投資を申請するのに時間の猶予はなかった。

 

これから立ち上げようという段階の事業が大きな投資を獲得するのは並大抵なことではない。投資計画には市場環境に対する納得のゆく分析結果が欠かせないが、スタート地点にたったばかりの笠間たちの手元にそんな情報はなかった。市場分析を任された岡は、連日、深夜まで作業を続けたが、納得のいくものはできあがらなかった。

 

浦田は岡の資料を見て「検討が詳細過ぎるのではないかな」と言った。

 

浦田は、納得のいく分析を行うには情報が不足していると感じていた。投資承認には説得材料が必要なことはわかっていたが、それを狙うにはあまりに準備期間が短すぎた。しかも、情報収集には相応な予算が必要だった。全体の投資規模に比べれば少額だが、それでも経営陣を説得するには骨が折れる。

 

目的を情報収集予算獲得のための説得と割り切ってしまえば、岡が作成しているほど詳細な資料は必要なかった。

浦田は岡を説得した。

 

「岡さん、詳細に分析したい気持ちもわかりますが、手持ちの情報だけでは先には進みませんよ。ところが情報収集にはお金が必要です。まずは情報収集のための予算を獲得することを優先してはいかがですか」

 

こうして岡は、当面の間、情報収集予算を獲得するための説得材料の作成に専念することとなった。

 

岡は、海外メーカーに対応経験のある社内のメンバーにヒアリングをかけた。インターネットからも情報を収集し、それらを構造的に整理した。その結果、市場の大まかな様相や戦い方のイメージを整理することができた。

情報収集予算を獲得するには、大雑把にせよ、事業立ち上げ計画が必要だ。岡が整理した情報は、事業立ち上げ計画に向けたインプット情報となる。

 

浦田の考えたストーリーはこうだった。

岡が整理した情報をもとに、事業立ち上げ計画を大雑把に作成する。これをもって本格的な情報収集の必要性を経営陣に訴え、そのための予算を獲得する。

予算を獲得できたら情報収集を開始する。その結果、市場の様子が明らかになった時点で、これを根拠に投資計画を作成する。

 

コアチームは、浦田のストーリーで動き始めた。

 

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[ポイント]

大規模投資などリスクの大きな意思決定を経営陣に促すには、それに相応しい“立派”な提案書が欠かせない。事前の準備として市場調査などの情報収集をしなければならないが、そのためには調査予算が必要になる。先ずはこの点で経営陣を説得しなければ、事は始まらない。思い描いたような立派な提案書を作成できず、結果的に、大きな仕事を成し遂げられなくなる。

 

大切なのは、ステップ・バイ・ステップで手順を練ること。力技で一気にやり切ろうとしても、時間の無駄になるだけだ。

大規模投資を獲得するためにどんな提案シナリオで攻めるのか。そのシナリオを裏付けるにはどんな情報が必要なのか。その情報を得るにはどんな手段があるのか。こんな切り口からシナリオを描き、投資獲得に向けた手順を描く必要がある。

 

例えば、インターネットなどから市場の魅力度をざっくりと整理する。この程度で、プレイヤマップくらいは作成できるだろう。

マーケットセグメンテーションでは頭をひねり、そこからターゲットセグメントを決定する。

顧客の要求を予測し、これができたなら、コアコンピタンスと掛け合わせて「顧客に選ばれる理由」を組み上げる。仮説で構わないので成長シナリオも描こう。

ネット上には定量情報が少ないために、この段階では定性的な論理構成だけで勝負することになる。この程度では大きな投資を引き出すことはできないが、調査予算を得るには十分だ。

 

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[場当たり的な後藤部長の思考]

新しい事業を立ち上げるには投資が必要だ。そのためには、経営陣を説得しなければならない。手元の情報だけでは説得材料として弱いかもしれないが、しっかり時間をかけて全力で取り組むしかない。とにかく、手当たり次第に情報を集め、かたっぱしから資料を作るしかない。

 

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[本質に向き合う吉田部長の思考]

組織から大規模投資を引き出すためには、事業の将来性や投資の正当性を、投資対効果の観点から提案しなければならない。そのためには本格的な情報収集が欠かせない。

必要な情報が手に入らないままに時間をかけ続けても徒労に終わるだけだ。本格的な情報収集が欠かせないなら、調査予算を手に入れるために経営陣を説得するしかない。このような場合は、シナリオを2段階に分けて考えよう。先ずは入手可能の情報をもとに調査の必要性を説得する。調査予算を獲得できたらその予算で調査を進め、調査結果をもとに投資獲得に向けた提案を組み立てればいい。

 

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