小野寺工業のチャレンジ

幾多の障壁を乗り越えて新事業開発に取り組む、メンバーとコンサルタントが織りなすドラマです

表面的な部分にばかり目を奪われていると、せっかくの変革施策は定着せずに終わってしまう 大切なのは、意識改革のような基礎工事にあたる部分だ

笠間たちの目の前には課題の山が広がっていた。

消極的スタートの汎用工作機事業は後回しにするとして、欧米の大型工作機メーカー向け加工制御装置事業だけをとっても以下の課題が残っていた。

 

   加工制御装置ベースシステムの商品企画

   コスト競争力の強化

   大型工作機メーカーの開拓、関係構築

   大型工作機メーカーに対する提案力強化と提案機会の発掘

   加工制御装置ベースシステムを開発するための先行投資の獲得

   量産能力の確保

 

課題を再認識した笠間たちは、事業立ち上げシナリオをステップ・バイ・ステップで描き出すことにした。

その手始めに、まずは変革テーマを洗い出した。

 

競争力のあるベースシステムを企画・開発するには商品企画室の設置が急務だった。

コスト競争力を担保できる開発手法も構築しなければならない。

顧客開拓では、大手工作機メーカーの発掘と関係構築がカギを握っていた。

提案強化に向けては、提案チームの設置、提案ツールの整備、提案プロセスの整備などが必要だったが、どれも小野寺工業には存在していなかった。

投資に関しては、今後に備えて投資プロセスを明確化しなければならないが、当面は加工制御装置ベースシステムを開発するための先行投資を確保することが先決だった。

大規模な設備投資をできる経営状況にはなかったので、量産能力を確保するにはアイディアを出すところから始めざるを得なかった。

 

会議室の入口付近の少し離れた場所で様子を伺っていた浦田が口を開いた。

 

「少し前の話ですが、世間を騒がせていたマンションの構造計算書偽装問題はご存知ですよね」

 

皆が呆気にとられる中、「基礎工事が不十分だった件ですよね」と言ったのは岡だった。首都圏の大型マンションで基礎工事の手抜きが発覚したころは、ニュースやワイドショーはこの話で持ちっきりだった。

 

「皆さんが課題として挙げているのはどれも人目につきやすいテーマばかりで、言うなれば建屋の議論でしかありません。実は、大切なのは目に見えない基礎の部分です。あの問題も、こういう深層心理の中で発生したのかと思うと、黙ってはいられなくなりました」

 

浦田の話はこうだった。

 

笠間たちが議論していたのはプロセスや組織、商材といった目に付きやすいものばかりで、それを支える組織の能力や成熟度、文化や価値観のようなものには意識が向いていなかった。マンション問題に例えるなら、関係者は建屋ばかり目がいって基礎工事には関心がなかったのと同じこと。笠間たちの議論は、軟弱な基礎の上に重量級の建屋を建てるようなもので、これを放置するといずれは崩壊の危機に見舞われることになる。

 

つまり「この変革は見かけ上は前に進んでいるように見えるが、結局のところ組織に定着することはない」という警告を、マンション問題に例えたのだった。

 

浦田は例え話もほどほどに、具体的な指摘を始めた。

 

   組織のガバナンスを強化しない限り投資の意思決定などできるわけがない。今のガバナンスのままでは、どのマーケットセグメントに狙いを定め、顧客にどんな価値を提供するのかすら、合意できないだろう。

   これまでの価値観では海外市場での厳しい競争に馴染めない。国内で、しかも引き合い対応してきただけの人たちは自主性に欠けるので、指示されないと行動できないだろ。ましてや、自らリスクを取って行動することなんていうことはありえない。儲けの意識やコスト意識もないはずだ。

   個別開発しかしてこなかった人たちには属人性がはびこり易く、量産開発には欠かせないフォーマルなコミュニケーションや情報の見える化とは真反対にある。量産開発では当たり前の「共通化」や「流用」といった概念も存在しない。おまけに、すべてにおいて「計画」に対する意識が低すぎる。

 

その後、笠間たちと浦田は、計画の立案とその具体化に2ヶ月を費やすこととなったが、その結果、変革方針は定まり、実行計画も完成した。準備不要だったアクションアイテムは、すぐに実行に移された。

 

これまでのOBFメンバーにプラスして兼務のメンバーを募ったことで、海外事業立ち上げに向けた変革活動はさらに大規模なものとなった。全体統括に当たっていたOBFコアチームのメンバーは多忙を極め、笠間などは1カ月間休みなしという月もあった。

 

「建屋工事」と「基礎工事」を並行して実行に移したことで、現場における変革マインドの醸成は予想以上のスピードで進み、それに比例して経営陣の期待も高まった。

 

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[ポイント]

「建屋工事」にあたるプロセス改革や制度・ルール改革の結果を現場に定着させるには、ガバナンスや教育の強化、価値観や意識の改革、顧客関係の改善といった「基礎工事」にあたる部分が欠かせない。

目の前で発生している問題や組織が抱える課題を分析すると、その直接的な原因は建屋部分に行き付くことが多い。しかし、問題の本質に目を向けると、その原因の多くが基礎部分に行き付くことに気が付く。

 

基礎工事の重要性をクローズアップするには、変革テーマを洗い出す際に、建屋工事と合わせて基礎工事にあたる領域を意識的にテーマに加え、基礎工事が建屋工事の陰に隠れてしまうことがないように気を配るしかない。

 

次に、建屋工事にあたる領域と基礎工事にあたる領域を縦横の軸にとったマトリックスを作成し、相互の関係性を整理してみよう。こうしておくことで、変革テーマを絞り込んだり優先順位を付けたりする際に、定着を意識した検討が可能になる。

 

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[場当たり的な後藤部長の思考]

事業の収益性が悪化の一途をたどる中、組織を上げた変革は至上命令である。変革チームの責任者となった私は、チームメンバーと議論を重ねた。その結果、開発プロセス、提案プロセス、調達プロセスといった主要プロセスの再構築と、その周辺にある制度やルールの見直しが急務であるとの結論がでた。テーマごとに実行チームを立ち上げ、チームごとに実行計画を作成させなければならない。期末までには、各チームが何らかの成果報告をするはずだ。

 

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[本質に向き合う吉田部長の思考]

変革は規模が大きければ大きいほど、イメージしやすい表面上の改善に飛びつきやすくなる。しかし、これを下支えするのは、組織の体質改善とも言える事業基盤の整備だ。

しかも変革には多くのステークホルダーが関わるため、このことをわかり易く説明し、全員で腹落ちしておくことが大切だ。

短期間で成果を出したい経営陣はもとより変革推進チームのメンバーですら、表面的な改善に目を奪われ、基盤整備を軽視する傾向がある。多くの場合、基盤整備という行為が存在することにすら気付いていない。その結果、変革は定着せずに尻つぼみとなる。

そうならないために、変革推進チームは、基盤整備を盛り込んだ実行計画を作成しなければならない。

 

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